里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(29)」〉自然に畏怖し感謝する 石徹白漁協組合長 石徹白隼人さん

〈『日本養殖新聞』2014年10月15日号掲載、2020年4月15日加筆修正〉

青空に浮かぶうろこ雲をあおぎ、頬をなでるひんやりとした風を受け、深まる秋の訪れを知る。観光客でにぎわう岐阜県郡上八幡をこえて、一路北上。たどり着いた白鳥の街から、さらに曲りくねる急峻な山道をのぼって峠をくだると、福井との県境ちかくにぽっかりと開いた小さな平野があらわれる。

白山信仰で知られる郡上市白鳥町の石徹白(いとしろ)。一年のうち半分を豪雪がおおう、切り立った峰と広がる山林に四方をつつまれたこの地は、いまが実りの時期。稲穂が波うつ黄金色の田園は、まぶしいくらいに光輝く。田畑が一面をうめ、旧家が点在するのどかな山里をゆっくりと歩き、白山中居(ちゅうきょ)神社が鎮座する最奥の集落、上在所(かみざいしょ)へと向かう。

集落の入り口にあるしめ縄をくぐると、そこは神の領域。すんだ空気はさらに透明さを増し、草木から苔むした石、しずくの一滴にまで、生命の躍動が伝わってくる。太古より人びとの崇拝をあつめてきた、由緒ある社をおがむ。大杉が林立し、巨石が祀られた境内で、清澄な空間に身体をとかし、心をあわせてたたずんだ。

本殿の前で迎えてくれたのは、石徹白漁協組合長の石徹白隼人さん(73)。禰宜(ねぎ)という神職にも就いており、この日に行われる月次祭でも役をつとめるという。穏やかな表情で地元の風土や歴史について語る石徹白さんに、地区内を流れる石徹白川を案内してもらった。

石徹白と、同じく県内の高山市にまたがる峰を源流とする石徹白川は、この地をくだって福井の九頭竜川に合流し、日本海へとそそぐ。白山国立公園のなかにある、源流から大滝までの上流域の一部は、貴重なイワナの原種保護のため永久禁漁に。神社本殿のすぐ前をながれる支流の宮川も、禁漁区域となっている。また同じく支流の峠川では、本流に合流するまでの約3.3キロをキャッチ・アンド・リリース(C&R)区域とし、魚の持ち帰りを禁止している。

釣った魚を川にかえすC&Rの取り組みがこの地で始まったのは、14年前のこと。釣り人の有志が、C&Rの普及をめざして漁協と協力し、平成12年より「石徹白フィッシャリーズホリデー」を毎年開く。今年も6月の2日間にわたって開催され、講演や意見交換、体験スクールなどに県内外から多くの人びとが訪れた。

石徹白が取り組んできた先進的な活動について、「C&Rの出発点のひとつと言っていい」。漁協組合長として20年ちかく故郷の川を守り続けてきた石徹白さんは振り返る。C&R区間は、石徹白の全流域の約2.3%に過ぎないが、イワナの親魚が遡上して卵を産む大切な場所でもあり、「ここで産卵することによって本流の魚も増えている」と、区間設定による増殖の効果を認める。

本流の最も上流にある堰(せき)の下手には、釣り人と漁協の手によって毎年つくられる人工河川が流れ、イワナの産卵床が整えられている。堰で溯上がさえぎられ、産卵のかなわないイワナが、10月の終わりから11月の繁殖期にかけて子孫をのこす貴重な場となっている。

石徹白での河川を守ろうとする気概にみちた運動は、まわりと隔絶された厳しい自然にさらされ、営みを繰り返すなかで生まれたであろう、地域の自立性ともかさなって見える。福井平野九頭竜川、加賀平野の手取川富山平野庄川濃尾平野長良川日本海と太平洋に面した、有数の穀倉地帯に豊穣をもたらす源流が白山にあると、石徹白さんは語る。「各平野からは白山が見えたはずで、山への信仰は自然に芽生えたのだと思います」。ときに荒ぶる山に畏怖しながらも、そのすべてを謙虚に受けとめ、恵みに感謝する。白山信仰の伝統と文化は、石徹白で暮らす人びとによって、これからも継承されていく。そしてたくさんの生命を育み、恵みをもたらす石徹白川は、この地を愛する多くの人の手によって、これからも守られていく。

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