〈『日本養殖新聞』2019年9月15日号掲載、2020年4月18日加筆修正〉
全国に鰻の付く地名はいくつもあるが、なかでも愛知県下に多いという(佐野賢治著『虚空蔵菩薩信仰の研究』より)。『愛知県地名収覧』には鱣池、鰻沢、鰻田、鱣谷など11の地名が載っている。
また、松井魁が書いた『うなぎの本』(1971年)を読むと、鰻の付く地名として紹介されている19のうち、12が愛知県で突出している。
柳田国男の『地名の研究』(2017年版)によれば、他県に比べ、愛知では過去に地名について綿密な調査が行われていたことがうかがえる。それが、愛知に鰻の付く地名が多いという結果として表れているのかもしれない。
そうであるのならば、鰻の付く地名は愛知に限って多いのではなく、他県の字名にも同じようにいくつもあったのかもしれない。それが地名変更によって記録から消え、歴史からこぼれ落ちてしまった可能性もある。
私が暮らしている愛知県名古屋市名東区にも、鰻の付く地名があった。「鱣廻間(うなぎはさま)」。そう呼ばれる場所が、同区猪高町の「明徳公園」に今も残っている。「はざま」とは、物と物の間の狭い所、谷あいなどを意味する。
この公園は、猪高町大字猪子石字鱣廻間と同町大字藤森字香流にまたがって所在している。約21ヘクタールの敷地には、元はため池だったと思われる、釣りが楽しめる明徳池がある。なだらかな丘陵の頂には「からす山」があり、子どもたちの遊び場や球技場、キャンプ場も整備され、緑が豊かなことから人びとの憩いの場となっている。
公園の緑地が占める鱣廻間には、建物は1軒、猪子石コミュニティセンターがぽつんとあるのみである。今は猪子石二丁目、同三丁目となっているが、公園に隣接するあたりもかつては鱣廻間であったことが、過去の地図より確認できた。
また1959年発行の『名古屋市全住宅案内図張』には、公園の南のあたりに「鱣廻間池」が描かれている。今は明徳池しか残っていないが、周辺には10を超す大小のため池があったこともわかった。
名古屋市の東端にある名東区は、城下町が広がる尾張の中心地から離れており、近世の頃までは、山地の多い山間の農村であった。
近くに大きな河川のない当地の農民にとって、水はとても大切なものであり、人びとは水不足になるのをつねに恐れていたはずだ。このような状況が、救済を願い、水神を崇める信仰を強くした。そして水神を象徴するウナギとむすびついて、起伏のある地理と合わさり、この地名が生まれたのかもしれない。
子どもの頃に遊んだ明徳公園のあたりを歩いてみたが、鱣廻間の地名の由来を知る手がかりとなるような痕跡を見つけることはできなかった。名東区は昭和の高度成長期を経て住宅地へと変貌し、急速な発展を遂げた。その間の町名変更によって、多くの小字名が消えてしまった。
地名は、私たちに歴史を伝える、先人からの生きた証である。現代社会において、その重要さが忘れさられてしまっていることに危機感を強くした。
特異な体躯、謎の多い生態、強靭な生命力を持つウナギは、昔から人びとに敬われ畏れられてきた。この地においても、ウナギは人と自然をつなぎ、信仰の拠り所となる特別な存在だったのではないか。
ウナギの地名について、各地を歩いて郷土の史料を渉猟し、調べてみたい。その土地で営みを繰り返してきた、先人たちの息づかいを感じてみたい。読者のみなさんの所に鰻の付く地名があれば、ぜひ教えてほしい。