里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(7)」〉こだわりを貫き庶民の味を守る うなぎ料理「はし家」店主 上原正広さん

〈『日本養殖新聞』2012年12月15日号掲載、2020年4月13日加筆修正〉

買い物袋を片手にふらっと立ち寄ったかのような年輩の女性や食後のひと時をのんびりとくつろぐ若い男女のカップル。昼の時刻をかなりまわっているというのに客の出入りが止まない店内は、まるで大衆食堂のよう。ここがウナギ専門店と聞いて驚く人はきっと少なくないはず。三重県の津市内で商うウナギの店では、いつも見られる当たり前の光景である。

「安くてうまいのが津のウナギ。お客さんは学生や若い女性が多いです」。そう言って地元の食習慣を説明するのは、市内にウナギ店「はし家」を構える店主の上原正広さん(54)。津で消費されるウナギの量は全国でもトップクラスで、市内には蒲焼きを提供する店が26軒もある。

地元民はみな馴染みの店をもち、休日には家族で団らんを過ごすような感覚で来店し、一年を通してウナギを味わう。多くの店が腕を競うレベルの高い津のウナギがその名を知られるようになってからは、県外から訪れる客も増えたと上原さんはうれしそうに話す。

なぜ津でこれほどまでにウナギが好まれるのか。かつてこの地で養鰻が盛んだったからという答えが世間には定着しているようだが、津藩主であった藤堂高虎が夏場に食べるのを奨励したというような逸話も残っており、ウナギの食文化はもっと早くから定着して深く浸透。時代を経ても変わらない旺盛な需要を当て込み、後にウナギの養殖が始まり発展したとみる推論があることを上原さんは紹介する。

店で扱うウナギは、腹を開き炭火で直に焼き上げる。「ちょっとでも弱っているとタレがのらない」ことから、選別には厳しい目を光らせる。「古ければよいというものではない。動かしていかないと」という辛めのタレには、醸造の盛んな愛知県半田市の蔵から取り寄せたたまりを使用。昔ながらの製法で、じっくりと炊いて寝かせたものを継ぎ足している。米や炭、茶葉にいたるまで、どれも地元産を中心にこだわりぬいたものばかり。「自信のないものをお客さんにはだせない。迷ったときは自分が客になる」。

「焼きに卒業はない」と語る上原さん。ウナギは産地や季節によって品質が大きく変わることから、その時期の最良のものを各地から取り寄せてさばく。「直焼きは1年間一定の味を維持するのが難しい」という。「どれだけ世の中が発達しても人間の勘は必要。一足す一が二にならないのが職人の世界」との言葉には、親の働く背中を見て育ち、2代目として22歳のときから板場に立つ実感がこもる。

うなぎ専門店組合長でもあり、6年前から有志の手によって始まり盛り上がりをみせる「津ぅのうなぎプロジェクト」にも積極的に協力。津のウナギの知名度アップにも貢献した。市内で活動する劇団が企画した朗読劇を店内で開いてウナギを食べてもらったり、好奇心にあふれる上原さんは地元への愛着を新たな形で表し、発展させていこうと模索を続ける。庶民の味でありソウルフードの津のウナギをこれからもアピールしていきたいと意欲をみせる。 

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