里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】職人が魂をこめて磨く伊賀の酒「黒松翁」。弘化元年創業の「森本酒造」

〈『DoChubu』2011年7月17日更新、2020年4月21日加筆修正〉

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歴史を感じる伊賀の街並みのなかにある森本酒造

三重県伊賀市で、地元産の米と水を使ったこだわりの酒をつくる酒造場があります。江戸時代末期の1844年(弘化元年)に創業以来、8代にわたって酒をつくり続けている森本酒造です。ブランド「黒松翁」を大切に守り続け、多くの人が楽しんで味わえる様々なタイプの酒を製造。伊賀の酒として、地元の人々に愛飲されています。今回は、長い歴史を経ていまも良質な地酒をつくり続ける酒造場をたずねました。

人々に幸せをもたらす伊賀の地酒

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ブランド黒松翁から様々なタイプの酒がつくられています

森本酒造の歴史について、専務で8代目、杜氏で営業・販売も行う森本高史さんが説明してくれました。

森本酒造(正式名称:合名会社森本仙右衛門商店)の歴史は、江戸末期の弘化元年に近江商人、初代森本仙右衛門が伊勢の国、藤堂藩安濃津城の城下町、伊予町(三重県津市本町)に酒蔵を開いたことから始まります。黒松翁は、森本酒造が製造した酒につけるブランドの名前です。「翁」は能を保護していた藤堂藩より、天下を幸せにする藩の酒という意味をこめて授かった名前で、万民の長寿と繁栄、五穀豊穣、天下泰平、国家安穏を祈り願う、能のなかでも特別な演目なのだそう。翁の前につく「黒松」は、能舞台の背景の黒松のことで、神の化身として扱われています。

黒松翁を代々つくり続けてきた森本酒造は、第2次世界大戦の戦災に会い、戦後、津と同じく藤堂藩が治めていた、伊賀の城下町に酒蔵を設けます。復旧後、津と伊賀の2ヶ所で黒松翁をつくり始めます。さらに時代が進み、昭和50年頃に津の蔵は閉鎖し、伊賀に酒づくりの拠点を集約。以来、津は本社として「黒松翁」の販売を行い、伊賀の蔵で、伊賀で取れた米と伊賀の軟水を使い、「黒松翁」を醸(かも)しています。「黒松翁」は伊賀独特の風土のなかで育まれた酒として地元に定着。県外でも広く親しまれています。

魂の込もった地酒はうまい

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地元の風土、食文化にあった酒をつくり続ける森本高史さん

香りが良く、ふんわりと丸い味で柔らかな舌触りが特徴の黒松翁の酒。辛口から甘口のタイプがあって、それぞれに味と香りが調和し、口当たりはとてもソフト。酒造場の拠点を集約した伊賀の土地は、「酒づくりに向いている」と話す森本さん。夏と冬、朝と晩の寒暖の差が激しい盆地の気候から、うま味のある米ができます。さらに鈴鹿山脈系の地下水からでるまろやかな軟水を使うことで、良質な酒がうまれます。

「公式通りにはいかない」酒づくり。自然と人が一体となってつくる酒は、知れば知るほど奥が深く、何度壁を乗越えても、また次の新たな壁が現れ、困難の連続だとか。どんな小さな工程でも、一度気を抜けば良質な酒はうまれない。日々刻々と変わる天候を見ながら、温度や湿度などの管理に神経を尖らせ、積み重ねてきた経験を頼りに決断を下し、緊張のなか実行に移していく。納得のいく最高の酒づくりを目指し、睡眠時間を削って酒造場にこもる日々が続きます。

「魂を込めてつくった酒は飲むと響く」。「つくり手の気迫、魂が込められているから地酒はうまい」。

森本さんの語る、まっすぐな言葉が胸を打ちます。

その土地が育む水や降り注ぐ太陽の光。米に込められた農家の魂。歴史を重ねた蔵のなかで生きる、酒づくりにかけた多くの先人の思いなど。それらを一つにして磨きあげていくのが杜氏の仕事なのだそう。

地酒とは、その土地の風土を凝縮し、人が魂を込めて形にした、唯一無二の結晶のようなものかもしれません。

飲んで幸せになってほしい

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地元産の山田錦100%使用。スッキリした味わいのなかにフルーティな香りとうま味がある 「大吟醸 生貯蔵酒」は夏場に人気です

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花の酵母を使って仕込んだお米のシャンパン「ねぇねぇねぇ」。微発泡性で甘酸っぱく、低アルコールで飲みやすい人気の一品です

「黒松翁を飲んで幸せになってもらいたい。五穀豊穣、天下泰平の世の中を願ってつくり続けています」と笑みをうかべる森本さん。

これからの酒づくりについてたずねると、「もっと修行を重ねたい。できれば来年から農業も始めて、自分の米で酒づくりもしてみたいと」と、実現させたい目標をいろいろと語ってくれました。

製品の販売は地元が中心ですが、東海地方をはじめ、関東や関西での売り込みにも力を入れています。その土地の風景やつくり手の温もりが、味わいから伝わってくるような地酒。職人が精魂込めて磨きあげた、こだわりの伊賀の酒を味わってみてはいかがでしょう。(新美貴資)

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